谷山です。
突然ですが、皆さん「前世」ってあると思いますか?
こういう仕事をしていると
「私の前世って何でしょうか?」
とか聞かれる事がたまにあります。
まぁ、はっきり言って「知らねーよ」ってのが本音ではあるのですが、けっこうたくさんの人が「前世」とかに興味があるようです。
かくゆう、僕も瞑想中に
「ん?何だ?この記憶は!?」
みたいな映像を見た事は何度もあったりするし、何人かの「前世が分かる」という怪しい人にそれぞれ違うタイミングで同じ前世を言われた事があります。
僕の見解としては
「まぁ、前世ってあるんだろうな~」
ぐらいの感じなんですが、興味がある人も多くいるみたいなので今日はそこら辺について書いてみたいと思います。
前世の視え方は人それぞれ
さっきも書いた通り、僕は特に自分や人の前世にあまり興味がありません。
でも、瞑想をしている最中に自分の知っている記憶以外での記憶は何度か見た事があります。
視覚的には今と同じような感じで自分の目線なんですよね。
だから自分の顔とかは分かりません。
きっとすごいイケメンだと思うのですが、自分では確認しようがないのが残念です。
そんで、僕はヴィジョンの中で仕事をしている訳なんですが、何故か
「知ってる」
みたいな感覚があります。
僕みたいに人と共感しやすい人ってたまに他人の記憶を感じ取ったりする事もあるんですが、それとは一線を画していて、圧倒的に「自分の記憶だ」というのが分かるんですよね。
同じような記憶を視る事もあるし、全く違う記憶を視る事もあります。
それが今の僕の視え方です。
他にも自分の前世を視た事がある人の話を聞いてみると、映画を視ているように第三者目線で視える人もいるし、映像的な感じではなく感覚的に捉える人もいました。
「前世の視え方」
ってのは人それぞれなんじないかな~、と思います。
前世を視る為に変性意識に入る
別に僕は
「前世を視よう!」
として瞑想をしている訳ではありませんが、前世(っぽい)の記憶を視た時に共通している事と言えば
「深い変性意識に入っていた」
という事が挙げられます。
深~い瞑想中に視える訳です。
また、自分の感覚も重要で、さっき書いた通り人って記憶を共有する事があります。
ちょっと何を言ってるか分からないと思いますが、「エネルギーレベルで深い共感」に入ってる時は人の記憶と自分の記憶が混同する事があるんですよね。
もし、それを知らない、または慣れてない状態でその状態に入ったとしたら
「これは前世の記憶だ!」
みたいな感じで人の記憶と自分の記憶がごっちゃになっちゃう事もあったりします。
これに関しては
「場数踏んで慣れろよ」
としか言えないですが、場数踏むチャンスが少ない人は少し難しいかもしれませんね。
前世療法に関して
「ヒプノセラピー」などに代表される「前世療法」ですが、これも「精度」で言えば実はけっこう微妙だったりする所があります。
僕は個人的に前世療法士の人に話を聞いた事がありますが、これもやっぱり
「自分で作った記憶」
を視る事があるそうです。
「前世はこうであって欲しい」
「きっと私の前世はこうよね」
みたいな願望が催眠中に出てきて、その願望をビジョンとして視るのはけっこう普通にあるみたいです。
これも「正しい前世」とは言い難いですよね(正しい前世って何だよ笑 ちょっとしたパワーワードだな・・・・)
ただ、その人曰く
「前世療法は前世を視る事が目的ではなく、その人を潜在意識から癒す事が目的だから癒されるならばどんな記憶を視ても問題ない」
と言っていました。
うん、そりゃごもっともです。
他人の前世の記憶と僕の視覚が一致した出来事
「前世」の事を書いてて昔話を思い出しました。
けっこう前の話で僕がまだ下積み修行中の時です。
その時は当時の僕の姉弟子の方とお互いの氣を読み合う練習をしていました。
その人はかなり感覚的な人で、人を変性意識に持っていくのが上手い人でした。
その時も僕はその人と氣エネルギーの読み合いをしている最中に深い変性意識に入りました。
そういう時って目は自然と「半眼」になります。
その状態では視界はぼやけて、頭もクリアな状態ではなくなります。
半眼なので姉弟子の顔は視界には入っていないのですが、胴体だけぼや~と視えます。
そうすると、その人の着ているセーターのしわがグニャ~と歪んで胸の前辺りで女の人の顔っぽく変化しました。
セーターのしわが明らかに女の人の顔の形になってるのですが、僕の頭もグニャ~となってるので
「ああ~ 何か女の人の顔が見えるな~ でもこれは氣のせいなんだろうな~」
みたいにぼんやり考えていました。
氣の読み合いが終わって、感想を言い合うフェーズになるのですが、その人が突然
「今日は私の前世のエネルギーを流しました」
と言ってきました。
僕が
「それって髪が肩ぐらいまでの女の人ですか?」
と聞くと
「そうですそうです。よく分かりましたね」
なんて言ってきました。
「私の前世は女性だったんですけど、迫害されて一人で世の中に絶望を感じていたみたいなんですよね」
と、どう反応して良いか分からない事を言ってきたのですが、僕が見た女性の顔も悲痛で悲しくて苦しそうな表情だったんです。
「ああ~、たぶん僕が見た顔と同じですね~ 表情も一致してましたから」
なんてやり取りをしてましたが、その方も流石は熟練者
「私は前世だと思ってはいますが、もしかしたらそこら辺で拾ってきてしまった未浄化の霊の可能性もありますけどね。きゃは」
なんて、おどろおどろしい事を可愛く言ってました。
こういった経験はこの時だけですが、人の前世(?)の記憶と僕の視覚が一致したなかなか面白い体験でした。
「前世」まとめ
とまぁ、ここまで「前世」というモノについてツラツラと書いてきましたが、今日も今日とてあまり内容のない記事になりましたね(笑)
さて、ここで僕の考えを書いておきます。
僕は「今」が一番大事だと考える人間です。
そして「今」を生きるのに自分の事をよくよく知っておく事ってとても重要だと思っています。
その自分の事を俯瞰してみてみると「前世」も「今」の自分を作っている大切な一部と言えるかもしれません。
「前世」ってなんかロマンもありますしね^^
そういう意味では自分の「前世」を知る、ってのは意義があるかもしれません。
でもどこまでいっても大事なのは「今の自分」なんじゃないかな~、と思う訳です。
「必要な時に必要なモノがやってくる」
ではありませんが、もしあなたが自分の前世を知りたいと考えていても知れないとしたらそれは今、あなたが知るべきではないからかもしれません。
あなたが知るべき時がくればおのずと記憶は甦るんじゃないかな~、と思います(たぶん)
「今」を懸命に生きてれば必要な時に必要なモノはやってきますよ。
前世もいいけど「今」をしっかり生きようぜ!
ってなお話でした~
谷山 慶裕と言います。
自分が経験した事や学んだ事を元に「氣エネルギー」の重要性と楽しさを面白可笑しく伝えたいです。
プロフィールの詳細はコチラ
コメント