スピリチュアル業界の危険性について

谷山です。

今日の記事は少し批判的な記事になりますが、僕的には「批判」というのは一種の問題定義みたいなものなので、ある程度であれば必要かとも思っています。

ですので、そこら辺をご理解のうえ記事を読んで頂ければと思います。

今回は「スピリチュアル」に対してのアンチテーゼでございます。

このブログはいわゆる「スピリチュアル系」とカテゴライズされるかもしれませんが、自分的には全然「スピリチュアル」だと思っていません。

まぁ、どの様にカテゴライズされるかってのは僕が決める事ではないのでどうでも良いのですが、ハッキリ言ってしまうと僕は「スピリチュアル」というモノに疑問を持っています。

厳密には「人の精神」に興味があり、人生を探求していくうえで目に見えない「氣エネルギー」というモノを研究している以上、本当の意味での「スピリチュアル」が嫌いという事はなく、厳密にいうと「スピリチュアル業界」というモノに対して疑問を抱いている訳です。

スピリチュアルを知ったきっかけ

元々、「精神世界」や「自己啓発」には非常に興味がありましたが、以前は「精神世界」と言えば宗教関係ぐらいしか知らなかったし、僕自身に多大な影響を与えてくれた「中村天風」自体も当時の僕は「精神世界系」とは捉えていませんでした。

そんな僕がスピリチュアルを知ったきっかけは「鬱と統合失調症」を併発している時でした。

当時は「統合失調症」で長年勤めていた会社を辞めざるをえなくなり、氣力もわかず苦しんでいる状態で毎日藁にもすがる思いで「スピリチュアル系」と呼ばれるブログや書籍を読み漁ってました。

そこには

「全ての事は最初から決まっている」

「今のままでいいんですよ」

「あなたの願望は叶います」

「辛い事をするのはもうやめましょう」

そんな言葉がたくさん書いてあったような記憶があります。

仕事を続けられなくなってしまっていた当時の僕の自己否定感はハンパではなく、これらの言葉を読み聞きして

「ああ、俺がこうなる事は最初から決まっていて俺は今のままでいいんだ~」

なんて考えていたのを覚えています。

でもさすがにそんな「今(無職)のままでいいんだ~」という状態が一年以上続けば「そんな訳ねえだろ!」ってなりますよね(笑)

食べ盛りの子供が三人もいるのに・・・・・・

スピリチュアル的な「沼」

当時は自分を立て直す為に「体を激しく動かすヨーガ」に取り組んでいた事もあり、何とか仕事が出来るぐらいまでは体調は復活していました。

そこからエネルギーワーク(練功)などを行い今に至る訳ですが、いま思い返しても当時の僕は情けなかったと感じます。

精神的に参ってしまう時は誰にでもある事でその時は確かに「癒し」も必要です。

でも、その「癒し」の心地よさにハマってしまって動けなくなってしまうと現実的な幸せなど程遠いモノとなってしまうのかな、と思います。

僕の知人は「癒し」の心地よさにハマってしまって身動きが取れない事を「スピ沼」という風に表現していました。

悪魔的だっ・・・・

「今のままでいい」

そんな言葉は「スピ沼」にハマってしまう心地よい言葉の代表例だと言えるでしょう。

これらの言葉を全否定してる訳じゃないけどいつかは卒業する時も必要でしょ!という事が言いたい訳です。

「スピ沼」以外にもたくさんあるスピリチュアル業界の罠

「スピリチュアル業界」には「癒し」の心地よさにハマってしまう「スピ沼」以外にもたくさんの危なさが潜んでいます。

「スピリチュアル」はたくさんの系統があって、ここでいちいち例に挙げるとキリがないので細かくは省きますが実際に僕が見てきて感じた事は

「スピリチュアル業界ってのは魑魅魍魎がばっこしてるな~」

という事です。

人の欲望を煽るだけ煽るようなうたい文句や心の弱みにつけこむようなやり方、耳障りは良いけど深入りすると人を無氣力にしかねない独善的な思想、自分は「特別」と思い込ませる選民思想・・・・・・・

これらのモノはちょっと見だと新しい価値観を与えてくれる素晴らしいモノに映るかもしれませんが、傾倒してくと人生を破滅に追い込んでしまう可能性もあると思います。

もちろん、「スピリチュアル業界」の人たち全てが危ない訳ではなくて、中には本当に素晴らしいオーラを纏ってる人もいます。

ただ、この業界は「ピンキリ」で言うと「ピン」(悪い方ね)が多すぎるという事がやべぇんです。

まぁ、「努力せずにお金や恋人を引き寄せる!」なんて人の欲望を煽ってばっかの教祖的な人もやべぇのに、自分の欲望に駆られてそのやべぇ人にハマってしまう人が多い訳ですから業界全体の程度も知れちゃうよな~、なんて思う訳です。

ああ、なんか今日はすっげぇ毒舌だな・・・・・・

スピリチュアルは真理ではなく実践的思想

まぁ、ここまで偉そうな事をツラツラ書いてる訳ですが、別に僕がすごいとか正しいとか、僕のやってる系統(エネルギーワーク)が一番良いとかいう事を言いたい訳じゃないんです。

実際、僕だって「エネルギーワーク」がしたかった訳じゃなく、「精神世界」を自分なりに追及していく上で自分には一番合っていたというだけですしね。

ただ、「スピリチュアル」に傾倒してる人もそうじゃない人も知っておいて欲しいのですが、「スピリチュアル」というのは「真理」ではなくて「思想」もしくは「啓発」だという事です。

自己啓発ジプシー

そして、その「思想」を人に伝えたり広めたりしている人は「ビジネス」で行っているという事も忘れてはいけないと思います。

たまにスピ好きな人とかで

「これが真理よ」

とか言う人もいますがそれは勘違い、もしくは見識不足でそう自分が思ってるだけな訳です。厳密に言うと「真理」を追究するのは「哲学」で、「スピリチュアル」を追究するのは「形而上学」と分類されます。そんで「あの世」とかを説明するのが「宗教」それぞれ混じったりする部分あってややこしいけどね・・・・

そういう人に限って現実的には何もしていない事も多かったり、周りの人に迷惑をかけながら生活してる人がいたりする事が多い氣がします。

あくまで「スピリチュアル」は「思想」であると同時にその思想に「実践的」「現実的」な部分が必要で、更に「結果」を伴ってなければ単なる「絵に書いた餅」となってしまうのかな、と思います。

まとめ

さて、ここまで「スピリチュアル業界」に対して言いたい事を言い放ってきましたが、結局のところは「自分が好きなモノを選ぶのが良い」という事ではあるのかな、と思います。

現実感が無くてフワフワした美辞麗句が好きならずっとそれにハマってればいいし、何の行動もしないで願望だけ叶えたいなら一生叶わない「引き寄せ」やってればいいんです。

スピ好きな人って「あー言えばこう言う人」が多いからこういう事いうと

「あなたの現実はそうなんでしょうね、ふふふ」

とか言いそうだけど、そんな事言ってるやつでしっかり現実動かせてる人をほとんど見た事ありません。

そういう人って6番とか7番辺りのチャクラを中途半端に動かしてるだけな事が多いですけどね(ちょっと嫌味)

まぁ、色々書いてますが、さっきも書いた通り僕もホントに参っていた時はスピリチュアル特有の「美辞麗句」に多少なりとも救われてた部分もありますから偉そうな事は言えないですけどねー

人生って意外と長いからその時その時のタイミングで合っているモノも違うとは思います。

でも昔の僕みたいに頭の中だけで思い描く「理想」に飽きてきたら、しっかりと地に足をつけて前に進んだ方がいいと思います。

この世界は「現象界」などと言われたりしますが、頭の中の「理想」を現象化させるには「行動」をして現象化させていく必要があります。

その事を否定するような「スピリチュアルリーダー(笑)」とかの言う事をいつまでも聞いているとホントに人生ダメになってしまうかもしれませんよ。

でも、一度止まっているモノを動かすには何より強いエネルギーが必要です。

しっかり自分のエネルギーを腹に落として「現実的」に生きていく事が本当の意味での「スピリチュアル」「精神世界」なんじゃないかな~、と思って記事を書かせて貰いました。

最後に「中村天風」の一言をご紹介します。

「現実で起きた問題はどうあがいても現実の中でしか解決できない」

当たり前に聞こえるかもしれませんが、妙に味わい深い言葉だとも思います。

地に足をつけてしっかり自分の人生を生き抜きましょーーー

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