「脳に氣を入れる」という究極の脳トレ、というテーマで描く初めての試み ~その1~

谷山です。

今回はいつもと違った試みをしてみたいと思います。

今回の記事のテーマはタイトルにもある通り「頭の筋トレ」です。

別の言い方をすると「氣功的脳トレ」とも言えるかもしれませんね。

ただ、内容が内容だけに普通に記事を書くだけでは読んでくれてる人が

「ふーん」

と感じるぐらいかもしれません。

それだと今回のテーマである「頭の筋トレ」にはならないんです。

なので、今回の記事について、1発目(この記事)についてはあえて難しく、視点の高い言葉を使い「視座が高い理解」とはどういう事なのか、という事を体験して貰いたいと思っています。

そして、この記事の次の記事では内容は全く同じですが、自分の実体験などを交えつつ、専門的な言葉を極力排除した具体的な記事を書いてみます。

要は

「同じ内容の記事を抽象度を変えて読む事で本当の意味での頭の筋トレ」

を体験して貰いたい、という訳です。

では1発目の記事に行くぜ!!

計算ドリルや暗記は脳トレではない

今回は「脳トレ」というテーマから「脳のリミッターを外す」という事に掘り下げて記事を書いてみたいと思う。

「頭の体操」や「脳トレ」というと、パズルを解いたり、計算を速くしたりすることをイメージする人が多いと思いますが、それははっきり言ってしまうとそれは脳の「アイドリング」であって、「筋トレ」とは言えません。

なぜなら、既存のルール(論理)の中で答えを出すだけの作業は、脳にとって「想定内」の処理だからです。

言い換えると、ホメオスタシス(恒常性維持機能)による「情報の選別」に過ぎず、現状(コンフォートゾーン)を出るトリガーにはなり得ません。

本当の意味で脳を鍛える、つまり脳のスペック自体を書き換える「頭の筋トレ」とは、「脳が処理落ちするほどの負荷」をかけることを指す訳で、そのためのダンベルとなるのが、「矛盾(パラドックス)」となる訳です。

論理という名の「快適な檻」

私たちは普段、「AはAである」「AならばBである」という論理的整合性の中で生きている、と言えます。

これは「安心の世界」です。

なぜならその世界は予測可能で正しいから。

しかし、言ってしまえばこの論理の世界は、自己完結したトートロジーに過ぎない訳です。

「正しい」ということは、「新しい情報が何もない」ということと同じです。

この心地よい檻の中にいる限り、あなたの脳には新しい回路は生まれないし、コンフォートゾーンの外側に出ることもできない、と断言できます。

パラドックスという「劇薬」

では、どうすれば脳のリミッターを外せるのか?

そこで使うのが、「矛盾(パラドックス)」という概念です。

「私はここにいるが、ここにはいない」

「世界は空っぽであり、同時に満たされている」

こうした言葉を聞いた瞬間、

「え? どっちなの? 意味がわからない!」

と脳はパニックを起こします。

こういう矛盾を内包した概念を論理(ロジック)で処理しようとすればするほど、回路がショートします。

実は、この「脳がショートしてもがいている瞬間」こそが、最も負荷がかかっている最高の筋トレタイムなんです。

脳の真空状態に「氣」が流れ込む

僕は長年、多くの人の「氣」を感じてきて確信していることがあります。

人が、このパラドックス(抽象度の高い思考)に挑み、脳が限界まで汗をかいている時

「物理的に脳の中に氣が入ってくる」

感覚が生じるんです。

脳という臓器が、論理の壁を突破するために、通常ではあり得ないほどのエネルギーを欲する。

その強烈な「真空状態」が、宇宙空間(情報空間)から大量の氣を引きずり込み、脳の中に氣が流れます。

ただ、その様に脳の中に氣が流れ込んでくると、多くの人は不快感を感じます。

何故ならば、「脳に氣が入ってくる=抽象思考」だと言えるからです。

私たちは普段「自動思考(オートパイロット)」に慣れている為で、「抽象思考」のような垂直な思考をしようとすると脳が活性化すると共に不快感を覚えます。

ここでギブアップする人が多いのも事実です。

ただ、流れ込んでくる氣の量が臨界点を超えると頭が熱くなるような感覚を感じ、反面、とても冷静になるような感覚、そして妙な圧迫感が生まれます。

もちろん、これは感覚的な表現なので感じ方は人それぞれですが、一言でいうと

「脳みそが内側から拡張されるような感覚」

これこそが、一つ上のレベルに上がる為の本物の「頭の筋トレ」と言えます。

 答えを出さずに、矛盾を「味わう」

多くの人は、矛盾に出会うとすぐに「どちらが正しいか(白か黒か)」を決めて安心しようとする傾向があります。

でもそれは筋トレで言えば、ダンベルを持ち上げずに床に置いて見つめたままで筋肉をつけようとしているようなものです。

もしあなたに

「本氣で人生を善いものにしたい!」

という目標があるならば、急いで答えを導き出す事をお勧めしません。

ポイントは

「Aであり、かつ、Aではないという矛盾を、矛盾のまま脳内に保持し続けること」

その強烈な負荷(認知的不協和)に耐えきれなくなった時、脳は既存のゲシュタルト(全体像)を破壊し、より高い抽象度で新たな整合性を結ぼうとします。

それは大げさでなく、「悟り」の正体と言える訳です。

結論

安易な正解(トートロジー)に逃げていると、安易な現状の中でしか見つけられない「答え」に落ち着こうとするのが人間の性質です。

ただ、この「わけがわからないこと」(矛盾)を歓迎して、「答えが出ない、見つからない」という何とも氣持ち悪い状態を歓迎して、その感覚を楽しみ続ける事で脳は「違う次元」に答えを求めようとするんです。

もしあなたが「正解が(絶対に)ない問い」を内包しているなら、その氣持ち悪さを大事にしましょう。

そしてそこで留まる事をお勧めします。

なぜなら脳に氣が満ちてくるあの不思議で神秘的な感覚こそが、あなたが「人間」という狭い枠組みを卒業し始めている合図だからです。

・・・・・・・・・・・・と、いつもとは違う感じで記事を書いてみました。

なんか堅苦しい感じがしますが、僕はこれはこれで嫌いじゃないです。

ぜひ、次の記事も読んで貰って今回の記事と内容を比べてみてください!

ではまた次の記事でお会いしましょ~

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