谷山です。
この前、奥さんから
「この動画を見た方がいい。病氣の時のあんたと同じだから」
と言われ、とある動画を勧められました。
その動画は「千原ジュニアYOUTUBE」というチャンネルで「2700」というコンビの八十島氏(やそしま)が出ている動画でした。
「2700」というコンビを知らない人の為に軽く説明しておくと、「2700」は八十島氏(以下敬称略)とツネの二人で結成されたコンビで
「右ひじ左ひじ交互に見て~」
というネタでスマッシュヒットを飛ばしたコンビです。
それ以外のネタでも面白いモノもあるのですが、一般的に分かりづらいネタが多く、「右ひじ~」以降はあまりパッとせずにテレビに出なくなっていきました。
僕は個人的に好きなコンビだったのでテレビに出なくなっても、何となく2700の消息を追ってはいたのですがここ最近は興味自体が薄れていってた感じでした。
そんな時に嫁さんから
「八十島が昔のあんたみたいになってた」
と聞かされて動画を見たのですが内容がとても強烈で、しかも統合失調症だった時の自分とあまりにも重なりすぎて食い入るように動画を見てしまいました。
統合失調症になるきっかけ
動画自体はとても面白いものなので詳しくは動画を見てもらいたいのですが、八十島がおかしくなっていったきっかけは
「自販機で飲み物を買おうとしたら突然、ドーンという爆発音がした」
という事がきっかけみたいです。
爆発音がしたのに周りの通行人は一切、氣にとめる事もなく普通に歩いている姿を見て
「あ、これはドッキリなんだ」
と勘違いしたところから始まります。
そこから八十島は自分の頭の中で勝手に色々な思い込みが始まり、現実と非現実の区別がつかなくなっていき、喫茶店に入って店員がインカムで話してる姿を見て
「あ、この店員は仕掛け人でインカム使ってドッキリの進行をしてるな」
とか
「2つ隣の座ってる男はディレクターだな」
という風に頭の中で勝手に解釈をして、本当にその様に思い込んだ行動を取ります。
「いい加減、大成功!のフリップ出せや~」
と喫茶店で叫んだり
自分の息子の中に松本人志が入り込んでると思い込み
「松本さん!本当にありがとうございます!!」
と叫んだりしたそうです。
その話を聞いてる時の千原ジュニアの引いた顔を見ればあまりにも常軌を逸してるのが分かるんですが、僕的には
「ああ~、めっちゃ分かるわ~」
と共感以外のなにものでもない感情が湧いてきていました。
自分の思い込んだ世界が展開していく
八十島の話ではそれ以外にも
「パチンコを打ちながら音楽にのって踊る」
「ドッキリが終わらないジレンマから部屋を荒らしてその後に家族をジャグラー(パチスロ台)に見立てる」
「クリニックの担当医が自分の新しい相方だと思い、俺の相方はツネじゃ~と叫ぶ」
などと奇行が止まりません。
これははたから見ればあまりにもおかしな行動ですが、本人からしたらその行動は理にかなったものなんですよね。
僕自身も今となっては相当な黒歴史ですが
「車を運転しながら窓全開&爆音で音楽をかけてめっちゃ踊りながら運転」(通行人はみんなびっくりしてましたが、イケイケなギャルはイエーイなんつって一緒に踊ってくれてました笑)
「降りてきた神示(だと思ってる)を部屋中の壁にマジックで書きだす」
「今日、仕事に行ったら嫁が仕事先で死ぬと思い込んで嫁が仕事に行くのを必死に阻止した」(そして本氣のびんたを喰らう)
というような事を繰り返して周りに迷惑をかけまくっていました。
異常ではた迷惑な行動ですが、八十島と僕にはある共通点があります。
それは
「自分の妄想が世界の全てだと思い込んでいる」
という事です。
受け入れてる、って言ってもいいかもしれません。
八十島は「ドッキリ」だと思い込み、僕は「霊的な覚醒をした」と思い込んだ訳です。
通常だったら、現実で起こる出来事を見て
「そんな訳ないか~ ハハッ」
ぐらいで終わるんでしょうけど、自分では「そういうもの」と受け入れてる訳ですからどんどん現実と頭の中の世界の境界線が交わってくるんです。
話を聞いてると、当時の八十島はコンビ解散の危機や仕事が無くなっていく恐怖、毎日パチスロばかりの生活などでストレスがピークに達してたと思います。
僕もあまりのハードワークでストレスが貯まり脳が焼け付いてたんでしょう。
そうなると脳も正常には作動しませんから、頭もボッ~として正常な判断が出来ずに頭の中で思いついた世界が現実的な解釈として正当化されていく訳です。
統合失調症の時代に学んだ感覚
僕は統合失調症の時、「感覚異常」に陥りました。
簡単にいうと
「人の氣を異常に感じ過ぎてしまう」
という事です。
自分では「人の氣を感じてる」という実感があるのですが、普通の人は氣なんか感じないのが普通ですから僕的には真っ当な感覚でも他人から見たら異常者な訳です。
ただ、この時の感覚はかなり強く、修行を積んだ今より氣を強烈に感じてましたし、人の思考がどんどん自分の中に入ってきていました。
一応、入ってくる思考が本当に合ってるか本人に確認するとやっぱり合ってるんですよね。
でも、他の人から見たらやっぱりおかしい人です。
「実際に入ってくる思考が合ってるのに何でみんなスゲェって驚かないんだ?」
なんて思ってましたし、それだけではなく自分の思考が他人に漏れてる感覚も強烈にあるんですよね。
まぁ、これは「思考盗聴」という統合失調症特有の症状だったりするんですが・・・・・
そこからはトレーニングを積む事でその時の自分の暴走してた感覚を落ち着かせ、感じるエネルギーに対して識別する能力を磨く事でコントロールを効かす事が出来るようになりました。
今でもたまに
「統合失調症の時の感覚がいま復活したらもっと色んな事が分かるのにな~」
なんて思う事もありますが、はっきり言ってあれほど強烈な感覚をコントロールする自信は今でもないんですけどね。
人智を超えた存在なのか統合失調症なのかの境界線
と、ここまで八十島と僕の経験した事を例に挙げて記事を書いてきましたが現代では「統合失調症」は脳の病氣と判断されます。
でも、過去の人類史を振り返ってみると、偉大な宗教家や歴史に名を残す預言者、卓越した能力を持つ霊能者などは星の数ほどいました。
その人達は
「神はこう言っている」
「悪霊が憑りついてるから不幸が連続する」
みたいな非現実的な事を普通に言ってた訳です。
これって今からみると「統合失調症」の人の世界観と似てると思いませんか?
スピリチュアルの世界でも「チャネリング」をしてる人なんて普通にいますからね。
ではそういった人達は全員「統合失調症」なのでしょうか?
僕はいま、氣を感じ取る事が出来て、読み取った氣の内容からその人に合ったカリキュラムなどを提案する仕事をしていますが、僕自身は自分が統合失調症だとは思っていません。
でも普通の人からしたら「怪しい仕事」だという事も十分に理解してるつもりです。
実は「普通の人」と「統合失調症の人」の境界線は非常にあやふやなモノであり、精神世界を研究する学者さんの間でもその境界線を決める事が出来ていません。
オウム真理教の幹部だった経歴があり、精神世界の業界で色々な人を見てきた「上祐史浩氏」曰く
「統合失調症と人智を超えた人の境界線は非常に難しく決める事が出来ない。無理やり決めるとしたら社会生活を送れてるかどうかで判断するしかない」
という風に言っていました。
この考えは僕も同意です。
どんなに滅茶苦茶な事を言っててもキチンと社会生活が送れていればそれは「特殊能力」で、社会生活が送れなくなってしまってる人の場合は「統合失調症」というレッテルを貼るしか今はないんだな~、と感じます。
だからっていう訳でもないですが、ウチでは「社会通念」というモノを念頭に置く事は忘れないし、一般世間から逸脱し過ぎた会話や世界観を出す事を禁止しています。
地に足をしっかりとつけて自分の能力を磨く事を最重要としています。
まぁ、当たり前の事なんですけどね。
一般的な感覚という罠
さっきも書いた通り僕は統合失調症の時に感覚が広がりました。
その時の感覚を元に今ではエネルギーワークの仕事をさせて貰っています。
これは普通の感覚ではない事は重々承知していますが、「氣」の存在を認めないいわゆる「世間一般の感覚」だけに重きをおいていたら今の僕はない訳です。
「世間一般の感覚」ってのは普通に使う言葉ですが、実はこれって概念なだけで
「世間一般の感覚はこう!」
なんて自分で決めた世間一般の感覚を勝手に作ってるだけなんですよね。
実際には存在しない感覚なんです。
人間は自分の決めた感覚に自分では分からないまま従ってしまいます。
現実と非現実の境界線を引く事はとても大事ですが、自分で作った概念に束縛されて自分の能力を発揮できないのもつまらないと感じます。
なのでしっかりと地に足をつけながら少しだけ、ほんの少~しだけ頭のネジを緩ませられれば人生がとても楽しくなっていくんじゃないかな~、と思う訳です。
要は少しだけ常識から逸脱する、って事です。
歴史に名を残す!とかそんなんじゃないですけどしっかりと自分の世界観を持ち、その世界観に従って生きていくのもいいんじゃないかな~、と動画を見て思いました。
これから何が起こるか分かりづらい時代です。
それだけに「世間の常識」に捉われず自分の世界観をしっかり持って生きていきたいですね。
捉われ過ぎないのも問題ですが・・・・・
谷山 慶裕と言います。
自分が経験した事や学んだ事を元に「氣エネルギー」の重要性と楽しさを面白可笑しく伝えたいです。
プロフィールの詳細はコチラ
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